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FC今治が乗る”海賊船” 針路は「心の豊かさ」へ

明治安田生命J3リーグの第25節(9月2日)、愛媛県今治市を拠点とするFC今治はギラヴァンツ北九州をホームに迎えたナイトゲームで、途中出場のラルフ・セウントイェンスによる後半ロスタイムの劇的な勝ち越し弾で1-0の勝利を収めた。

会場となった今治里山スタジアムは、今年1月にオープンしたホヤホヤの新スタジアム。サッカー元日本代表監督で、FC今治の運営会社である株式会社今治.夢スポーツの岡田武史会長のもと、総工費40億円という一大プロジェクトで完成させた新拠点である。同社は「365日のにぎわいを創る」ことを条件として、今治市から30年間無償で土地を借りた。中世の瀬戸内海に君臨した村上水軍から着想を得て“海賊船”に見立てたスタジアムの周囲にはカフェやドッグラン、複合福祉施設に農園まで作られている。

2023年1月にオープンした今治里山スタジアム

ホームゲーム開催ともなれば、お祭りだ。バックスタンド裏にずらりと並んだキッチンカーからは胃袋を刺激する匂いがあふれ、来場者のために毎回趣向を凝らした催し物が用意される。「スポーツDay!」と題されたこの日、GDOはゴルフを引っ提げてこのイベントに参加したというわけだ。

ホームゲームにはたくさんの屋台が出て盛り上がる

2014年11月、岡田氏は今治.夢スポーツの株式51%を取得して「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という理念を掲げた。目先の利益だけを追い求めるのではなく、次世代に価値あるものを残すこと。現代社会でもてはやされる物質的な豊かさに疑問を呈し、知恵や信頼、共感など目に見えないが確かに感じられる心の豊かさを尊重すること。今治里山スタジアムは、そんな思いを実現するための心の拠り所となっている。

午後5時を過ぎた頃、青いユニフォームを着たFC今治のファンたちが続々とスタジアム周辺に集まってきた。私たちは、プラスチック製のゴルフクラブでテニスボール大の球を打つスナッグゴルフで出迎えた。10mほど先にある半球形のドームに球が当たれば、お菓子をプレゼントするルール。初めてクラブを握る人も多かったが、何度も挑戦する子どもがいたり、お母さんのナイスショットに歓声が上がったりと、和気あいあいとした雰囲気で約100人が気軽にゴルフと触れ合った。

スナッグゴルフを楽しむFC今治ファンの人々
子どもたちも興味津々!

私たちが継続的に行っている活動の背景には「ゴルフを外に持ち出す」意図がある。敷居が高いと思われがちなゴルフを、より身近に感じてもらえる場所や機会を提供する。その考えに、今治.夢スポーツの矢野将文社長もうなずいた。「自分たちから外に出ていく感覚は私どもも非常に大事にしています。今はホームタウンの今治市のみで運営していますが、近隣の都市、あるいはインターネットを使ってでも当クラブを応援してもらう状況を作っていきたい。そのためには私たちが出て行って活動しなければいけないと思っているので、その感覚はとても良く分かりますね」

あそびも一生懸命

午後7時のキックオフ直前、2879人が詰めかけたスタジアムに愛媛県イメージアップキャラクターの「みきゃん」と「ダークみきゃん」が現れた。手に持っているのはスナッグゴルフのクラブである。これも私たちの発案で、みきゃんたちがFC今治の選手と一緒に観客席に向けてボールを打ち込み、ボールをゲットした人は選手のサイングッズと交換できるという趣向。実は、事前にみきゃんたちにリハーサルをしてもらったが、視界が悪く、可動範囲も限られるためにボールを打つのは簡単ではない様子だった。だから、ちょっぴり心配しながら本番を見守っていた。

以前、証券会社に務めていた矢野社長は今と前職を比較して「最も違うものの1つは、お会いする人全員が関係者になり得ること」という。360度外交を自認しているが「それだと見落とす可能性があるから、450度外交と思ったほうがいいですよ」と助言されたこともあるそうだ。かくいう今回のゴルフ体験企画も、GDOが2019年に神奈川・由比ヶ浜で主催したナイトゴルフを訪れた同社スタッフが、サッカースタジアムで同じことをやったら面白いんじゃないかと思い立ち、連絡してくれたことがきっかけで実現した。    

FC今治の選手もスナッグゴルフに挑戦

まずは、FC今治の選手たちがスナッグゴルフに挑戦した。サッカーボールなら思ったところに蹴れるはずだが、長いクラブで小さなボールを打つのは普段とは勝手が違う。思い通りにいかずもどかしかったのか、最後は思わず手でボールをつかんで観客席に投げ込んだ選手はのちに「今までで一番面白くて、一番屈辱的なイベントでした」というコメントを残している…。

がんばれ、みきゃん!
ボールをキャッチしてうれしそう

一方のみきゃんたちは、最初は空振りもあったものの、ペースをつかむと見事に観客席までボールを飛ばして拍手を浴びた。不安は杞憂に終わったようだ。「みきゃんが歩いている。かわいいー!!」と興奮した子どもたちが声を上げる。矢野社長も「参加型で観客も盛り上がったし、すごく良かったと思います」と喜び「老舗サッカークラブであればあるほど、サッカー以外のことでどうやってお客を呼ぶかを工夫されていらっしゃるので、ご興味を持つクラブも相当あると思います」と教えてくれた。

バックスタンド裏に望むしまなみ海道

バックスタンドの奥にしまなみ海道が眺められる今治里山スタジアムは、来年新設されるFC今治高校 里山校の活動場所としても活用される。なぜ、サッカークラブの運営会社が高校まで手掛けるのか? それは「たとえ自分たちだけが強くなっても、立っている今治がなくなってしまったらどうにもならない」という岡田氏の考えを反映している。「今治モデル」と名付けられた選手育成とすそ野拡大を兼ね備えた仕組みや、しまなみ野外学校、新スタジアム建設などの多岐にわたる取り組みは全て、今治を活性化し、魅力的な街にして、チームも街もともに成長を遂げていこうという発想から。大切な人材を育て上げる学校運営も、その一環というわけだ。

思わず「サッカーチームの運営は、御社の目的というより手段ですね?」と聞いていた。「サッカーが核になるからこそ、そう言えるとも思うのですが、まさにその通りだと思っています」と矢野社長。「ですので、企業理念にはサッカーという言葉もスポーツという言葉もありません」

株式会社今治.夢スポーツの矢野将文社長

そう、目指しているのは「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会」なのだ。一見、やっていることはバラバラに思えるかもしれないが、海賊船・今治里山スタジアム号の羅針盤は、ぶれることなく常に同じ方向を指している。

<了>

写真・文 今岡涼太(一部、FC今治提供)

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