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「エンタメ」か「黙練」か? 若きオフコースゴルフの悩み

時計の針は深夜1時。北欧スウェーデンから初来日して2日目の夜、トップトレーサー社の技術責任者デニス・エクストローム氏は、時差ボケと極東の巨大市場に挑む興奮で眠れずに、うわさに聞く都心の大型練習場を見てみようとタクシーを走らせた。3階建てで全300打席、一週間に打たれる球数は約200万発。深夜でも熱心に練習するゴルファーを間近で見て「いつかトップトレーサーをこの全打席に入れるんだ」と武者震いした――。あれから5年。「だからここは特別な場所。夢が現実のものになった」と頬をピンクに染めながら眼前の光景を眺めていた。

全300打席を誇る都心の巨大練習場

2023年3月28日、東京都江戸川区にあるロッテ葛西ゴルフで行われた「LOTTE KASAI SAKURA TEE Fes 23」。1月にトップトレーサーが全打席導入されたことを記念して、同施設で初となる大規模イベントが開催された。トップトレーサーとは、屋外に設置された高性能カメラで打球を追い、打席モニターで即座に飛距離やボールスピード、弾道を確認することができるシステム。その技術を利用して、プロとのニアピン対決やメーカー合同のシャフト試打会、全打席から参加できるホールインワンチャレンジなどが実施された。

装飾には桜の花があしらわれ、夜になれば照明を抑えたネオンカラーの雰囲気あるライトアップ。打席からは葛西臨海公園の観覧車が眺められ、開放感が味わえる上に写真映えもするとあって女性や若者に人気だったが、トップトレーサー導入でさらに若いグループ客が増えたという。「ただの練習場ではなく、エンターテインメント性を持たせたものに変えていきたいと思っていました」と話すロッテ葛西ゴルフの川島正彦支配人は、まるで化粧したかのような凝った演出を喜んだ。

昨年、アメリカでは「トップゴルフ」が代表するようなゴルフ場以外の施設でゴルフを楽しむオフコースゴルファー数が、実際にゴルフ場でプレーする人数を史上初めて上回った。今回のイベントに合わせて来日したトップトレーサー社のプレジデント、ベン・シャープ氏は「大きな変革が起きている」と強調する。「私たちはトップゴルフやトップトレーサー・レンジでその変革を加速させているのです。ゴルフ練習場は日本人の生活の一部であり、それが変わっていくのを目撃するのは素晴らしいこと。技術革新は新しいプレーヤーを生み出し、ゴルフ業界はより健全になっていきます」と誇らしげに胸を張った。

トップトレーサー社のプレジデント、ベン・シャープ氏(手前)

トップトレーサー社の幹部たちは、自社の競合をゴルフコースや練習場ではなく、映画館やボーリングなど他の娯楽施設と捉えている。それらの娯楽と比較すると、ゴルフの強みは屋外で新鮮な空気を吸いながら身体を動かす爽快感。一方で、課題となるのが時間である。忙しい現代人は、平日は仕事に追われ、週末には家族と過ごす時間を欲している。休日に家族と離れてゴルフ場で過ごすことに抵抗を感じる人も、トップトレーサー・レンジなら家族と一緒に1時間、さくっとゴルフで遊ぶことが可能である。「私たちは時間の壁を取り除こうとしているのです」とシャープ氏は力説した。

ところで、トップトレーサーの利用法は国や地域によって違いがある。例えば、日本では単純に飛距離や弾道、ボールスピードを測る「フリー計測」の利用率が72.5%(2023年3月、以下同様)でダントツだが、欧米では「フリー計測」は32.2%で、以下「クラブ別計測」23.9%、「バーチャルゴルフ」18.7%、「ドラコン」11.3%と続いていく。つまり、日本ではシステムを使いこなす層がまだ少ない一方、欧米では自身のニーズにあった測定や、ゲーム性のある機能を楽しんでいることが分かる。

「極論すると、私たちはゴルフレンジの最良のパートナーになりたいのです」とシャープ氏は総括する。打球追跡から始まったトップトレーサー社の革新は、練習場に正確な情報とエンターテインメントをもたらして、上達を目指す人も、初心者も、一人でも、グループでも、多様なゴルフを楽しめる。様々なニーズに対して、適切なアプローチができるという自負がある。「日々集まる膨大なデータから、顧客行動をより深く知ることができ始めています。私たちにはゴルフレンジがビジネスを行う上で多くの選択肢を提供しながら、総合的なオペレーションを改善していくことができるのです」

トップトレーサーの利用方法は様々だ。

未来はバラ色…のように思えるが、日本には向き合わないといけない現実がある。それは、戦後の第一次ベビーブーム(1947~1949年)期に生まれた団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる、いわゆる『2025年問題』である。厚生労働省によると、同年に後期高齢者の人口は2179万人(全人口の18.1%)に達するという。

だからこそ、もっと若者をゴルフに引き入れたい。そのためにエンターテインメント性の高いトップトレーサーを活用したいと思うのは、ごく自然な流れである。だが、既存ゴルファーとのニーズの違いも存在し、それを象徴するのは練習場の柱に貼られた「黙練」というポスターである。「ちょっと迷っているところなのですが、平日の午前中など『静かに練習したい』という年配のお客様が多いので…」と、川島支配人は「エンタメ」と「黙練」の狭間で恐縮する。まさに変革の過渡期なのだ。

熱心な常連客に配慮せず、いきなり大音量で音楽を流し始めたら大混乱を招くだろう。例えば、エリアを分けたり、時間を区切ったりして共存の道を探すこと。また、若者だけではなく、シニアゴルファーにもトップトレーサーをもっと活用してもらうこともできるはずだ。実際、スポーツ庁が発表した「スポーツの実施状況等に関する世論調査(令和4年)」では、練習場だけでゴルフを楽しむ人は、20代から70代までほぼ均等に分布している。その中には、体力的な理由などでラウンドから引退したシニアゴルファーも多いはず。もう一度、あのラウンド気分を味わえたら――。

ロッテ葛西ゴルフの川島正彦支配人

昨年まで25年間、ロッテでお菓子の営業畑にいた川島支配人は「やっぱりここでも、多くのお客様に愛される、ワクワクするような施設にしていきたいという思いがあります」という夢を抱く。いかにして、誰もが楽しめるゴルフレンジに変えていくか? 音楽を流す取り組みはタブーとされていた中で実施した今回のイベントも「こういうものを徐々に受け入れていただきながらやっていきたい」という新たな挑戦の一歩だった。

<了>

写真・文 今岡涼太

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