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“冬でも楽しめるゴルフ場”で黒字化へ スノーゴルフが広げた可能性

「みんなスノーゴルフに慣れてきたね。バタバタしているスタッフが一人もおらんね」とつぶやく声が背後から聞こえてきた。声の主は毎年参加者に豚汁を提供してくれているおじさんである。まもなく第1組がスタートする8時40分。ゴルフ5カントリー美唄コース(北海道)で2016年に始まったスノーゴルフは、今年で8年目に突入した。

翌2017年には、スノーゴルフコースの隣にスノーランドを開設。スノーチューブやスノーモービル、4輪バギーなどのアクティビティが楽しめる。来場者の9割を東南アジアからのインバウンド客が占め、今シーズンはすでにコロナ前の倍以上となる2700人を集客するにぎわいを見せている。

雪の中のゴルフなのに、なんでこんなに楽しいんだろう?

ゴルフ5カントリー美唄コースの小水隆史支配人は「最初の数年間は、何をやっていいのか分からなくて大変でした」と苦笑する。「スノーランドに来る外国人に対して萎縮しちゃう部分もあったけど、最近はスタッフが前向きになってきたことを感じます。海外の方々って一緒に楽しむとめちゃくちゃ盛り上がってくれるので、スタッフもシャツを脱いで一緒にサッカーしたりして、口コミサイトに『スタッフが最高!』っていうコメントがたくさん載っているんですよ!」と声を弾ませる。“冬でも楽しめるゴルフ場”は、ここ美唄で着実に根付き始めているようだ。

ゴルフ場なのにリゾート気分?

雪が積もる練習場でウォームアップをしていた常連客に声を掛けると「雪の中でゴルフするなんてバカバカしいけど、それが楽しい。毎年来ちゃうんです!」と練習の手を止めて教えてくれた。「今年もまたGDOの背の高いお姉さんがいるなとか、スタッフの人に会えるのもうれしいんです」と言われると、銀世界の魔力も手伝ってセンチメンタルな気持ちになる。1年に1度、この日にだけプレーするスノーゴルフを毎年心待ちにしているという。

今年のスノーゴルフ大会では、鉄板フレンチOPAの食事券や美唄米、カフェストウブの詰め合わせ、ほんだのお菓子、鹿肉ジンギスカンなど地元から賞品を取りそろえた。中には、美唄市の北方約20kmの砂川市に本社工場を構え、日本唯一の馬具メーカーとして高品質の革製品を製造・販売する株式会社ソメスサドルのポーチもある。

馬具からバッグ、財布、革小物まで製造するソメスサドル

同社の染谷昇会長は言う。「美唄市と砂川市は同じ空知地区にあるけれど、2つの市が協力して何かをやるようなことはこれまでほとんどなかったと思うんです。地元意識、さらに地域意識みたいなものがありましてね。でも、力のない者同士が力を合わせることも大事だし、お互いの長所を生かして、宿泊施設はあの町にある、観光地はここを使おうとか、そういう発想じゃないと地域活性しないんです」

札幌駅から美唄駅まで、特急列車に乗ればわずか35分で着く。インバウンド客のほとんどは札幌に宿泊し、日帰りで戻ってしまう。この地域により長く滞在してもらい、宿泊も、食事も、観光やショッピングも楽しんでもらうには、もっと広い視点で協力していくことが不可欠だ。今回、スノーゴルフをきっかけに美唄市と砂川市の間で生まれた小さな“縁”も、大切に育てていけば頼もしい“絆”に変わる。「この取り組みが、今後何かのきっかけになるんじゃないかなと思うんです」と染谷さんも期待を寄せた。

鉄板フレンチOPAの遠藤シェフ「ゴルフをした帰りにぜひお立ち寄りください」

そもそも、スノーゴルフ誕生には産みの苦しみがあった。「冬はじっとしていればいい」というのが、豪雪地帯にあるゴルフ場上層部のごく一般的な考えである。黒字化を見込めない業務に手を出して、わざわざ赤字をふくらませることもない。だが、スノーゴルフの話を聞いた当時の西條慎一支配人は「楽しそうだし、やれそうだなと。それに日本初とか日本唯一に興味があった」と企画実現を模索した。懸案だった圧雪車は美唄市に借りることで話をまとめ、その輸送に掛かる費用はGDOが負担することで合意すると、上司も「リスクゼロならやってみたら…」と軟化したという。

西條さんは「第1回がすごく印象に残っているんです」としみじみと回顧する。気温はマイナス22~3度と冷え込んで、コースにはダイヤモンドダストが舞っていた。声を掛けてわざわざ来てもらったメンバーたちも「こんな寒い中でやるのかい?」と半信半疑。「でも1回プレーして帰ってきたら、みんな『めちゃくちゃ楽しい!』って言っていたのが本当に感動的で…」と目頭を熱くする。「それを見て上司も急に変わったんです。次はいつやるんだ?って(笑)」

雪国にあるゴルフ場の苦労を知る小水隆史支配人

ゴルフ5カントリー美唄コースは遅くとも来期には、1991年の開場以来初となる黒字化を達成できる見込みという。夏場のゴルフ客が増え、冬はインバウンド客が大挙して押し寄せるようになり、今年9月には女子プロゴルフトーナメントも開催される。

「スノーゴルフをやったことによって、周囲からの見られ方が変わったのは間違いないです」と西條さん。「メンバーさんも美唄の町もスタッフたちも。スノーゴルフがあったから、ほかのことをやるにしても、みんな楽しいことなんだろうなってついてきてくれる。会社もそれを見ているので、何かやりたいと言っても基本的にノーはなくて、計画や手段について聞かれる感じです」。小さな1つの成功事例が、雪だるま式に新たな活動につながっていく。まずは一歩踏み出すこと。行動することの大切さをスノーゴルフが教えてくれるようである。

<了>

年に一度のスノーゴルフを楽しみにしている常連のお客さま

写真・角田慎太郎 文・今岡涼太

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