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旅の原点と目的地 プロゴルファー川村昌弘のPLAY YOUR LIFE

DPワールドツアーを戦う川村昌弘。スペイン・ソトグランデにて

それはごく私的な時間、大切な人に初めて出会った場面を思い返しているときだった。当時、まだよく知りもしない自分に心を開いてくれたこと。少し警戒しながらもこちらに踏み込んできてくれたこと。そんな小さな勇気を愛おしく感じたとき、数カ月前に川村昌弘から聞いた言葉がよみがえった――。

2022年10月、スペイン南部のジブラルタル海峡を望む小さな街。日本人でただ一人、DPワールドツアーで戦い続ける川村は「今もずっと試合に出られているし、悪いゴルフ人生じゃないけれど…」と前置きしながら、米ツアーへの渇望が日々強くなっていることを打ち明けた。

胸の奥に消せない炎があるという。早熟だった少年時代、川村は周囲から見ると異様なほどゴルフに打ち込み、テレビに映る米ツアーは将来自分がいる場所だと信じて微塵も疑わなかった。「だから、当時の自分が今の自分を見たら、めちゃくちゃがっかりするだろうなっていうのがあるんです」と川村は言う。「『あんなに頑張っていたのにこんなもんなのか…』と思ってほしくない。それがあるから、まだ挑戦したい、上を目指したいって思うんです」

今さらながら気づいたことは、川村は他人を尊重するように、過去の自分も大切に扱っているという事実。それは私にとっては新鮮な驚きであり、同時にとてもロマンチックだなと思った。

川村昌弘と坂井恵キャディ

川村にとって2022年は大きな転機となる年だった。2月に痛みが出た右手首は、簡単に治るけがではないことがすぐ判明した。だが、戦列を離れればゴルフが鈍る。ここ一番、右手の走りで飛距離を稼ぐ得意のショットを封印し、ピンを果敢に攻める代わりにグリーンセンターを確実に捉えていく。手首の負担を極力抑えて戦い続けることを決断した。

けがに対してまだ現実的な折り合いを付けられず、人と話すのも嫌になるほど鬱々としていた3月。南アフリカでマネジャーとレンタカー移動中に、拉致・強盗事件に巻き込まれた。警察を名乗る二人組の男に執拗に追い回され、停車すると暴力を振るわれて、男たちが乗った車で拉致された。奪われたクレジットカードから現金約150万円が引き出され、車に積んであったゴルフ道具一式も戻らなかった。人生とは不思議なものだ。命の危険にさらされて、「たかがゴルフが思い通りにならないぐらいで、しょうもないことをしていたな」と悟らされた。

今となっては笑い話だが、川村は強盗に拉致されている最中から、達観した心境になっていた。「途中『おしっこに行かせてくれ!』って頼んだら、山の上まで連れていかれてさせられたんです。めちゃめちゃ我慢していたから3分くらいしていたら『もういい加減にしろ!』って、まだちょっと出ているのに車に戻されて…。(同乗していた)マネジャーも同じ状況だったけど、あの人普段からめちゃくちゃおしっこ出るのが遅いんです。そこでも遅くて、出る直前で『お前、出ねえじゃねえかよ!』って戻された。それがもう面白過ぎて、絶対ヘラヘラしちゃいけない状況なのにずっと笑っていましたね。そんなレベル。早く終わんないかなぁって意外とリラックスしていましたね」

悲惨なことも、思い通りにならないことも、人生には付きものだ。川村が29歳でぶつかった”けが”という一つの壁は、これから先も幾度となく形を変えて出くわすだろう。「きっとそうです。でも全然絶望的じゃなく、“時”が来ただけだと思ってやっていくんです」。川村のゴルフは柔軟だ。もしアイアンショットがいつもより10ydショートするなら、身体の動きを直すのではなく、その距離にアジャストしてやっていく。「調子の良い悪いがあっても、そこじゃないと思ってやっている。だからまだ、意外と適応できているのかもしれないです」

あれほど自由に攻めていたコースを、単調に、無難にしか攻められない。将来のビジョンもガタガタと崩れた2022年、それでも川村はDPワールドツアーで4年連続となるシードを守った。

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プロゴルファーに「ゴルフは遊びか?」と聞くのは勇気がいる。だが、彼こそ“PLAY YOUR LIFE”を体現している人物に思えたので、思い切って聞いてみた。「自分は仕事だと思ってやったことがないので、遊びですね。めちゃくちゃ一生懸命やっている遊びです」というのが川村の答え。好きなことをやり続けて今に至る、以上終了。言葉にすれば簡単だが、そんな単純なことではない。

「自分でも奇跡だと思っています。恵まれていると思いますね」。子どもの決断に口を挟まない両親や、親切な協力者に助けられて今がある。だけど、もっとみんな好きなことを追いかけて良いのでは?とも感じている。「たぶん日本って、どちらかというと『成功する人なんてひと握りだから、やめておきなよ』になりますよね。でも、過程を楽しめばいいと思うんです。結果的に成功した、成功しなかったっていうのはあっても、どっちにしても無駄にはならないから」。川村が初めて欧州に来た年も「ずっと日本でやっているより楽しそう」と動機はいたってシンプルだった。

NBAロサンゼルス・レイカーズの故コービー・ブライアントは、あるスピーチでこう語っている。「朝早く起きてトレーニングしたり、夜遅くまで練習したり、あまりに疲れ果ててトレーニングする気分ではないけれど、それでもとにかくトレーニングしたりする。それこそが夢だ。そうやって過ごす時間こそ、夢を生きるということなんだ。夢は目的地ではなく旅すること。夢をかなえることはできなくて、それをかなえたと思ったときは、より素晴らしいことが待っている」

川村もそんな旅を続けている。いつ、どうやってアメリカにたどり着けるかは分からない。だけど「良いゴルフさえしていれば、どこにいてもチャンスはあると思うんです。だから、腐らず待とうと思います」と上を向く。“PLAY YOUR LIFE”とは「もっとあそびのある人生を」という呼びかけだ。だけど、いつも楽しいばかりじゃ張り合いがない。歯を食いしばって自分自身にむちを打つ。孤独に耐える。不遇を笑う。そんな苦労も“PLAY YOUR LIFE”をより魅力的にするスパイスだろう。

川村昌弘プロと筆者の記念写真

これまでの旅を通して学んだのは「“普通”はないこと」と川村は言う。「場所が変われば自分の思っている普通は普通じゃなくなる。日本人って結構『普通そうしない?』とか言いたがるじゃないですか? たとえば5時集合って言われて、ちゃんと 5時前に行ったら、もうみんないる。『集合の5 分前に来るのが普通でしょ』って、5分前に来るのは日本だけだって! もうこれ自分の一番好きじゃない日本の”普通“です(苦笑)」

そんな話を聞きながら、川村との時間は過ぎていく。彼とはこれまでもハワイ、コルカタ、シンガポール、クアラルンプール、ミュンヘン、クラン・モンタナ、ドバイなど世界各地で合流し、いつからか定番の別れの挨拶ができている。今回も近いうちの再会を期し、その言葉でお別れした。「また世界のどこかで!」

<了>

写真・文 今岡涼太

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