story

中東最古のゴルフ場で鐘を鳴らす

1937年開場のアワリゴルフクラブ(バーレーン)

中東最古のゴルフ場の一つとして知られているのは、1937年に開場したアワリゴルフクラブである。ペルシア湾に囲まれた島国バーレーンにあり、同国唯一の美しい芝の18ホールを完備したロイヤルゴルフクラブに隣接するが、こちらの地面は今もカチカチに乾いた土で、各プレーヤーが持参する円形の人工芝マットがフェアウェイ代わり。グリーンはここでは“ブラウン”と呼ばれていて、土の上に湿った砂が敷き詰められただけである。そんな陳腐な…と思うなかれ。初めてプレーしたその日から、私はこのサンドグリーンコースに恋している。

バーレーンの中心地マナマからは車で南に30分ほど。2022年11月、「ハマド国王杯」に出場する選手とともに視察した。無数のパイプラインと巨大タンクの合間を縫うように進んでいくと、小綺麗なクラブハウスが丘の上にたたずんでいる。タクシーを降り、短い階段を上ると、真っ黒なサンドグリーンが目に飛び込んできた。まるで相撲の土俵のような神聖さが漂っている。恐る恐る片足を載せてみると、月面着陸した宇宙飛行士ばりの足跡が残された。

クラブハウス前のテラスでくつろぐメンバーたち

クラブハウスはソファーが置かれた歓談室になっていて、奥のバーカウンターで口ひげをたくわえたバーテンダーがプレーの受付をしてくれた。料金は一人10 BHD(バーレーン・ディナール=約3600円)で1日回り放題である!手引きカートが2 BHD(約720円)、少々古いがレンタルクラブも3 BHD(約1090円)で借りられた。とてもリーズナブルだ。

スタート準備をしていると、メンバーさんが親切にコースの注意点を教えてくれた。各ホールにはフェアウェイの境界を示す黒い線が引かれていて、球がその間にあるときはマットの上に置いて打っていい。それ以外はあるがまま。グリーン脇にはグラウンズマンと呼ばれる専門スタッフが待機していて、自分でならす必要はないという。グリーン保護のために底の平らな靴を履くことを勧められた。

1番ホールの光景にしばし呆然としてしまった…

水のボトルと人工芝マットをキャディバッグに詰め込んで1番ティに立つと、眼前に広がるのは、誰もいない夏休みの校庭のような乾いた茶褐色の地面である。逆説的だが、こんな荒涼とした土地で遊ぶことに恍惚とした解放感がこみ上げくる。長時間のフライト直後の第一打は見事にトップしたものの、地面を転がってゆうに100ヤードは稼いでくれた。


受付時、バーカウンターの天井から小さな鐘が吊されていることに気がついた。不思議に思って尋ねてみると、クラブハウス内では帽子を取る決まりになっていて、それを怠ると鳴らされる。鐘を鳴らされた人は、その場にいる全員に酒をおごるのがルールという。映画「トップガン マーヴェリック」で、トム・クルーズが海辺のバーで鳴らされたあの鐘と同じだった。

頭上に鐘が吊るされたバーカウンターでチェックイン

ちょうど隣国カタールでサッカーW杯が開幕した週である。初訪問したのは、日本代表のグループリーグ初戦となるドイツ戦(キックオフは現地午後4時)前日。イスラム教国のバーレーンでは、戒律は緩いとはいえ、どこでも簡単に酒を飲めるわけではない。図らずも、大型テレビがあり、ビール一杯1.3 BHD(約470円)とホテルの約5分の1の値段で飲めるここは、最高の観戦場所であることが判明した。はたして翌日、「ハマド国王杯」の前日練習を終えた私たちは2日続けてアワリにいた。

堂安律と浅野拓磨の劇的なゴールで逆転した試合終盤は、2つのことにドキドキしていた。ジャイアントキリングの当事国民として「本当に勝てるのだろうか?」という不安と、もし勝ったら「あの鐘を鳴らさないといけないのだろうか?」という戸惑いである。室内には、韓国人グループと地元メンバーがそれぞれ6、7人ずつ集まって、日本に声援を送ってくれていた。試合終了のホイッスルが鳴る。本当に勝ってしまった。彼らとハイタッチをして祝福を受けていると「Ring the Bell!(鐘を鳴らせ)」という声が聞こえてきた。そう、やはりあの鐘は鳴らさなくてはいけないのだ…。

ゆっくりとカウンターに近づいて、ひもをつかんだ。どうにでもなれ!と鐘を鳴らした。
カラン!カラン!カラン!

日本のジャイアントキリングに歓喜!記憶に残るW杯となった

室内にいたメンバーたちはどっと湧いて歓声を上げ、外のテラスで飲んでいた人たちも入ってきて、バーテンダーに好き勝手に飲み物を注文している。おめでとう!を言ってくれる人もいれば、何も言わずにジョッキを抱えて出ていく人もいる。バーテンダーは手際よくメモを取り出し、ビール、ワイン、ハイボールとそれぞれの杯数をメモしている。嵐のような時間が過ぎ、請求はざっと6000円ほど。だけどそれから、地元メンバーはお返しとばかりに私たちに何度もビールをおごってくれた。


フェアウェイ?からグリーン(ブラウン)を狙う

照り返しが強い土の上を、カラカラと手引きカートを引いていく。かしこまったプレーとは対極にあり、馬鹿らしくも最高の気分でもある。借りた人工芝マットは経年使用によって中央が削られて常にディボット状態を再現してくれる。バンカーに加え、モトクロスのジャンプ台のような三角の盛り土と、水のない池(黄色杭で囲まれた砂地に水の波紋を表す小山が並んでいる)がハザードである。パイプラインやオイルウェル(井戸)はプレー禁止エリアとなっていて、無罰で救済の対象だった。

ブラウンに残された足あとを綺麗にブラシするグラウンズマン

グリーン(ブラウン)は黒く湿った色をしていて、遠くからでも識別できた。後方に球止めの盛り土がされていて、アプローチショットはそこそこ止まる。パットをすると転がったラインが砂に残った。1つのグリーンをプレーし終えると、近くの小屋からブラシを抱えたグラウンズマンが出てきて丁寧にならしていく。彼らはいったい1日に幾らもらって、何回これを繰り返しているのだろう? のどかさの中に、ちょっぴりぜいたく気分も味わった。

到着初日に9ホールを回り、夜の便で帰国する最終日に残り9ホールをラウンドした。夕陽に照らされながら出発ぎりぎりまでラウンドをしていると、少年時代の記憶がよみがえってくる。日が暮れるまで外で遊んで、家に帰って母の手料理を食べていた幸せな日々――。そんなPLAY YOUR LIFEな毎日をなるべく多くの人に届けることがGDOの存在意義なのだろう。暖かい空気に混じった原油の匂いは、今も鼻の奥に残っている。

ここでのプレーは一生忘れることはないだろう

◆コース情報
【名称】Awali Golf Club(アワリゴルフクラブ)
【住所】924, Awali, Bahrain(バーレーン)
【連絡先】+973-1775-6770 secretary@awaligolfclub.com
【営業時間】7時~19時半(12月25日以外毎日)
【HP】http://awaligolfclub.com/

<了>

写真・文 今岡涼太

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