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ゴルフとテニス「インクルーシブスポーツ」への挑戦

8月の昼下がり、荏原湘南スポーツセンター(神奈川県藤沢市)の室内コートは、じっとしていても汗がじわりと浮いてくる暑さだった。大きな窓から吹き込む風もコートの中までは届かない。そんな熱気を切り裂くように、上地結衣さんの操る車いすは優雅にコートを疾駆していた。滑るように目標地点に到達すると、フォアもバックも左手一本で力強く打ち返す。途端にクルリと反転して、次のポジションに移動する。プレー中、車いすは決して静止することがない。初めて目の当たりにする「車いすテニス」という競技。そのゲーム性に瞬く間に引き込まれた――。

車いすテニスで世界ランク2位の上地結衣さん

取材のきっかけは、住友ゴム工業に勤める知人である。「我々は車いすテニスの選手もサポートしているんです」と教えられた。同社が契約する上地さんは、グランドスラムで優勝8回(シングルス)、20歳で世界ランキング1位に上り詰め、28歳となった現在も同2位のトップ選手だ。

待ち合わせ時間の少し前に到着すると、上地さんが運転するトヨタFJクルーザーが敷地に入ってくるところだった。駐車場に車を停めると、運転席と観音開きになる後部座席のドアを開け、奥から分解された車いすを引っ張り出す。簡単な挨拶は済ませたものの、何を手伝っていいのか分からない。組み立てた車いすにひょいと移った上地さんは、今度はもう一台、テニス用の車いすを組み始めた。テニス用の車いすは車輪がハの字になっていて、旋回性能が高いものの車幅が広く、段差が苦手で、普段使いには向かないという。

準備が終わると、みんなで室内コートのある建物に向かった。帯同するコーチが荷物を抱え、上地さんは自分で車いすを操作しながら、もう1台の車いすを押している。途中で振り返ると、上地さんは玄関前にある2段の階段を、車いすから地面に降りて両腕ではうように登っていた。

突然、意図せず見下ろすことになった目線の変化に動揺した。私はその階段が、車いすにとってどれほどの障壁なのか意識もせずに踏み越えていた。付け加えれば、車いすが段差を越すとき、本人は座ったままで両脇を人が抱えるイメージしか持っておらず、上地さんが自力で階段を登っていることに驚いた。(上地さんはその後も、もっと段数のある階段も、自分の腕で登っていた)。今回の取材にあたり、スポーツというテーマなら健常者も障がい者も同じ文脈で語れるし、なるべくそういう視点で接したいと思っていた。だが、目の前にある小さな段差は、両者がある次元では全く別世界に住んでいるという現実を突き付けていた。

ショットは常に片手打ち。たくましい上半身がパワーを生み出す

だからこそ、上地さんがコートで見せる、自由奔放な動きがいっそう魅力的だったのかもしれない。スピード感があって、巧みで、パワフルだった。それは、さっき抱いた罪悪感をちょっぴり薄めてくれるようでもあった。

「チェアワークも打つ技術も、考えている状態ではまだ足りないんです」と上地さんは言う。「相手との駆け引きがある中で、考えていてはやっぱり遅くなってしまう。無意識でできるぐらいまで刷り込まないといけないんです」という動きには、一切のよどみがなかった。

高室侑舞さんにとって上地結衣さんは憧れの先輩

この日の練習パートナーは、中学3年の高室侑舞さん。直後の9月に出場した「全米オープン」ジュニア部門でシングルス準優勝を果たす選手だが、コーチが球出しをする前半は、ふたりとも遜色ない球を打ち返しているように見えたものの、試合形式となった後半に様子が一変。高室さんは上地さんの球をなかなか打ち返すことができなかった。

車いすテニスの難しさが垣間見えたシーンだった。「ちょっと緊張していたところもあると思うけど、やっぱりテンポが違うのかなって思います」と上地さんは解説する。「トップ選手は返ってくる速さがワンテンポ、もしかしたらもう半テンポくらい速い」という。見ている人にとってはわずかな“差”でも、実際にラリーをすればそれは如実に感じられるとても大きな“差”なのだろう。

「ああ、自分もプレーしてみたい」と素直に思った。果たして、そんなことを言い出していいものかと葛藤を覚えたが、純粋に競技としての魅力を感じた。それに同じ舞台に立って初めて、彼女たちの努力や才能を真に理解できるはずだ。明らかに簡単ではなさそうだが、その“差”を肌で感じてみたい。後日、そうした想いは障がいの有無にかかわらず多様な人々が共に実施できる「インクルーシブスポーツ」や「パラスポーツ」として広まりつつあることを知った。

プレー後のインタビューで口から出かかったその言葉を飲み込むと、代わりに上地さんが「私、ゴルフをやったことがあるんです」と振ってくれた。遊びで外出するときは「足裏で地面を押している感覚がいい」と、足に装具を履いて立つことがあるという。そのまま打ちっ放し練習場に行き、立って打った経験があるという。「全英とか名前がちょっと似ているので、どういう大会かは全然知らないけど、やっぱり気になりますね」とも教えてくれた。「でも、まだラウンドしたことはないんです――」

練習場でゴルフをやったことがあるという上地さん

ゴルフ界でも、日本障害者ゴルフ協会や日本デフゴルフ協会、日本ブラインドゴルフ振興協会といった団体が、ゴルフの裾野を広げるための活動を行っている。GDOも、より多くの人にゴルフを通じた楽しみを届けたいと願っているが、たとえ上地さん一人を対象に考えても、テニスコートとは比較にならないほど広大で、起伏があり、コースによって表情の違うゴルフ場を、車いすでラウンドできるようにするには相応の準備が必要だ。そんなとき、オプションの1つになり得るのが“オフ・コース・ゴルフ”かもしれない。室内の練習場やシミュレーターを利用すれば、もっと手軽にゴルフの楽しみを味わえる。

そうは言っても、我々がまだほとんど手を付けられていないことはしっかり受け止めなければいけない。GDOのミッションは「ゴルフで世界をつなぐ」である。上地さんのことを思うとき、頭に浮かぶのは困難に負けない強い意志と行動力だ。その挑戦し続ける姿を我々も手本としたい。

彼女たちと同じ目線で話をすることは可能なのか?
<了>

写真・文 今岡涼太

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