story 2026.09.25 小さなワッペンと共に世界へ 佐伯響子がドラコンで描く夢 ドラコン GDO社員 ゴルフ用品販売 佐伯響子 ウィメンズ決勝の舞台に立つのは3人の選手だった。横一列に並ぶ3つの打席から、くじで決まった順番に打つ場所を選ぶ。GDO社員のドラコン選手、佐伯(前田)響子が引いた選択順は3番だった。まず中央、次に右端が埋まり、佐伯には残った一番左の打席が割り当てられた。主催者にコメントを求められると、佐伯はきっぱりと宣言した。「みんなはここで運を使ったけど、私は本番で運を使って優勝します!」 ウィメンズ決勝に進んだ3選手。左から大関千明、柳井紗奈、佐伯響子 参加したドラコン選手たちの記念撮影 2026年8月30日(日)、ヨネックスカントリークラブ(新潟県長岡市)で行われたヨネックスドライビングコンテストの決勝大会。予選を勝ち上がった56人のドラコン選手が、オープン、シニア、ウィメンズに分かれて戦っていた。各選手の持ち球は6球(ウィメンズ準決勝とオープン、シニア準々決勝のみ9球)で、設定されたランディングエリア(フェアウェイ幅)内に止まった球のうち、最も飛距離の長い1球がその選手の記録となる。ウィメンズ準決勝には9人が出場し、決勝に進めるのは上位3人。ここヨネックスCCの10番ホールはフェアウェイが緩く左にカーブしていて、狙いどころは広くない。しかも、秋雨前線の影響で北陸では記録的な大雨が降っていて、長岡でも風が徐々に強まっていた。ランディングエリアを確認に行く選手たち準決勝、佐伯は2本のドライバーを用意していた。1本はこれまでのエース(※1)で、もう1本は1カ月前から使い始めたシャフト違い(※2)。まずエースを握った1球目は右にふけたが「フルスイングできたし、どんどん内側に入れていけばいい」と焦りはなかった。すぐに枠内に飛ばして記録を作り、6球を打ち終えたところで「このクラブのベストは打てた」と2本目に持ち替えた。その2本目で、この日のウィメンズ最長となる281ヤードを記録して、佐伯は首位で決勝に駒を進めた。ヘッド:トラディショナルスポーツ サイエンスギア TS456(9度)シャフト※1:トラディショナルスポーツ FUu-KAMU=封神= 46インチシャフト※2:トラディショナルスポーツ STRANGE ZONE loa 46インチ準決勝ではウィメンズ最長となる281ヤードを記録した実は、今回の取材が決まったのは大会数日前のことだった。オフィスで仕事をしていると、ある社員が「佐伯さん、今年も世界大会に出るんです」と教えてくれた。「念のため共有します」と伝えてくれたのは佐伯の上司で、既に佐伯のユニフォームにGDOのワッペンを付ける承認も取り付けていた。4年前、ドラコン競技に挑む佐伯を記事にしたことがある。早速、本人に状況を確認すると、週末に世界大会の前哨戦のような大会があるという。同時に聞いた、約1年休職していたという事実は初耳だった。当日の朝、「珍しく、よく眠れました」と佐伯は清々しい顔で現れた。これまでなら、試合前夜は不安で1、2時間おきに起きてしまっていたという。2度目の世界大会に出場した2023年は、勝てるはずの試合でも1ヤード差で負けたりすることが続いていて、「また負けるんじゃないか」というネガティブな悪循環に陥っていた。なんとかしなければいけないと考えた時、ポジティブでいるためには練習量が必要だと気がついた。だから最近、仕事は極力定時で終え、月・火・木・金は終業後にトレーニング、水・土は練習に充てていた。風に、雨が混じり始めるウィメンズ決勝が近づくにつれ、強い風に時折雨が混じるようになってきた。正面から吹き付ける強風は、打席後方の運営テントの脚を参加者みんなで支えていなければ、テントごと吹き飛ばされそうなほどだった。直前に行われたオープンの準決勝では、6人中4人が記録なし、つまり6球中1球もフェアウェイに入れることができなかった。それほどに、コンディションの過酷さは増していた。決勝で戦う相手は、公式最長飛距離382ヤードを誇る柳井紗奈と、地元長岡出身の元やり投げ選手・大関千明の2人だった。「向かい風の方が(斜面などに当たって転がる)ラッキーランがないじゃないですか。実力の出るキャリー勝負で、振って、入った人が勝てるので、それでいいと思っていました」という佐伯。決勝は6球なので「どちらか1本を打った方が確率は上がる」と、最初から新しい方のドライバーを握っていた。1球目、2球目、3球目と、佐伯の球はフェアウェイを捉えることができなかった。4球目でようやく枠内に収まったが、記録は215ヤードだった。隣打席の220ヤードというコールは佐伯の耳にも届いていた。振りにいった5球目は、またも枠外に消えていった。6球という緊張感残された6球目。「相手は絶対に入れてくる。自分のベストを出さないと勝てない。置きに行くよりファウルの方がマシだ」と振りちぎった球が255ヤード先のフェアウェイを捉えると、佐伯は叫び声を上げていた。柳井も250ヤードを記録したが、佐伯には及ばなかった。優勝を決め「初めて叫んじゃいました。いつもの自分じゃなかったです!」と喜ぶ佐伯。そのユニフォームの左袖で、GDOのワッペンも誇らしげだった。ドラコン選手として認められ、ユニフォームに会社名を掲げて活躍する。「最高です。入社した時からこうなればいいと思っていました。子どもの頃からゴルフをしてきて、プロにはなれなかったけど、ドラコンという違う道で夢が叶ったと思います」。小さなワッペンが、大きな証になっていた。 「仕事」と「ドラコン」に生きてきた佐伯に「家庭」が加わったのは、2023年12月のことだった。前田姓となり「家族ができて、今まで自分のペースでやっていた家事も適当にやるわけにはいかなくなって、正直キャパオーバーになってしまった」という2024年。今では「会社の人たちと、うまくコミュニケーションが取れていなかった」と冷静に振り返れるが、当時はもつれた糸を自力でほどく余裕はなく、周囲への相談もままならないまま、同年9月に休職に入った。しかし、この離脱は自分の人生を見つめ直す時間にもなった。「今までは親にレールを敷かれたような人生で、それはそれで良かったけれど、自分の意志で生きていない気持ちがあった」という中で、休職は自らの意志でそのレールを外れる決断だった。休職直後は何もやる気が出ない時期もあったが、同じくドラコン選手である夫にも励まされ、1カ月ほど実家に帰って家事に慣れ、少しずつ生活リズムを取り戻していった。仕事、家庭、ドラコンのすべてを同じ強度で完璧にこなそうとするのをやめ、ドラコンを生活の軸に置くことを夫も理解してくれた。徐々にゴルフを再開すると、2025年の春頃には仕事への意欲も戻ってきた。「もしゴルフ以外の仕事だったら、たぶんドラコンでどうにかしようと考えていたと思います。でも、やっぱりゴルフが好きだったし、ゴルフに関わる仕事だから復帰できたと思います」という佐伯は、「長かった」という1年間の休職を経て、同年8月に復職した。1年間の休職は、自分に向き合う時間となった人事部からの提案もあり、復職後はGDOショップのバイヤーから、同じユニットの在庫管理チームに異動した。新しい部署の先輩は「最初は毎月、億単位になる発注にビビっていましたが、半年も経つと全部自分でやれるようになりました」とその仕事ぶりを評価する。定時で退社し、トレーニングへ向かう日々は周囲の社員も知っていて「仕事もトレーニングも、がんばっているのが伝わってきます」と応援してくれている。かつての佐伯には、「ゴルフ出身なのだから、6球に1球は入れて当然」というプライドがあったという。だが、休職と復職を経て競技に戻り、考え方は変わった。以前は5球続けて枠を外せば記録を残そうと守りの意識が芽生えたが、今は違う。置きにいって勝てるほどドラコンは甘くない。無難な記録を残すより、最後まで振り切ったファウルの方がかっこいい。「でも、不思議とそっちの方が入るようにもなりました」2026年10月、佐伯は渡米して3度目の世界大会に挑戦する。仕事も、家庭も、ドラコンも、すべての球をきれいに枠内に収めなくてもいい。私たちが待っているのは、佐伯にしか打てない1球だ。<了> この記事をシェアする 一覧に戻る 関連ストーリー Related Stories まずは思い切り振ってみよう!新卒1年目・佐伯響子のドラコンと仕事の日々 PLAY YOUR LIFE 2022.11.10 一覧はこちら