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ナショナルオープンが試金石 福岡ザ・クラシックGCの「100年後に向けた原点回帰」

彼には見えないものが見えている。そう感じたのは到着してすぐ「全体プランを教えよう」と誘われてコースに出た直後だった。1番グリーンに近づくと「ここは“インフィニティ・グリーン”にするんだよ」と彼は言った。グリーン奥の木々を切ると、その向こうは谷になっていて視界が開ける。フェアウェイから眺めると、グリーンが地平線となり遠くの山々を借景とした壮大な眺めになる仕掛けだった。コース改修といえばグリーンの形を変えたり、バンカー位置をずらしたりするものだと思っていたが、彼はもっと深い次元で考えていた。

ベンジャミン・ウォーレン(左)とシェイパー仲間のカーティス・レイヴィス(右)

福岡県宮若市にあるザ・クラシックゴルフ倶楽部は2023年、キング、クイーン、プリンスと3つある9ホールを1年に1つずつ、3年掛けて改修する大プロジェクトをスタートさせた。任されたのはスコットランド人のコースデザイナー兼シェイパー、ベンジャミン・ウォーレン氏である。彼とはその前年、取材で訪れたスコットランドでいくつかのリンクスコースをプレーしながら、コースに対する考えやデザイン哲学を聞かせてもらっていた。「来年から福岡で新しいプロジェクトが始まるんだ」と教えられたのはその時だ。「良かったら見習い(インターン)として参加しない?」

即座に「いいね!」と応えたが条件が1つあった。それはブルドーザーやショベルカーといった大型建設機械を運転できる資格が必要なこと。その資格は未経験者でも取得できるが、5日間の講習と10万円というコストが掛かる。時間的にも金銭的にも会社の協力が必要だったので上司に相談してみると、「なかなかできない経験だし、いいんじゃない?」とあっさりと許可してくれた。そんな経緯で今年2月に資格を取り、3月に福岡に乗り込んで来たというワケだ。

バケットが360度回転するCATのショベルカー

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2015年春、クラシックマネジメントグループ株式会社の谷水利行社長は「あ痛っ…!」と心の声を上げていた。管理職を集めたミーティングで、否定語は使わないというルールを自ら設定した上で、将来やりたいことを口々に話し合っているときだった。スタッフの一人が「日本女子オープンを開催したい!」と発言したのだ。ザ・クラシックGCは1995年に「日本女子プロゴルフ選手権」を招致したが、それは20年も昔のこと。ナショナルオープンは背負うプレッシャーが違ってくるし、どんなクオリティーでコースを仕上げれば良いのかも想像つかない。「従業員の手前、表向きは『JGA(日本ゴルフ協会)に聞いてみようか』って言いましたけど、心の中では『無理やろな。でも、そう言われんし…』って自問自答していました」と振り返る。しかし…である。「その時は分からなかったけど、今はあの日を境に“会社の運命がガラッと変わった”実感がありますね」と谷水社長は遠い目をした。

“運命が変わった”とは、”生きる道が定まった”とも言い換えられる。「日本女子オープンを開催するのは、口で言うほど簡単ではないんです」と谷水社長。「でも、もしこれをやらなかったら、地域の中で価格競争にまみれるしかない。よそができないことをやって、全然違う種類のゴルフ場として生きていこう」と腹をくくって変革への舵を切った。

2017年の「日本シニアオープン」を経て、20年に「日本女子オープン」を成功させた。32年ぶりとなった九州開催は「私や息子世代を育てようというJGAの親心」だと解釈した。その過程で国内ゴルフ界の中枢にいる人たちと交流を持ち、新しい技術も学んでいった。「芝生のメンテナンスで言うと、あんなに苦労していたのは何やったんやろか?っていうぐらい、良いコンディションをたやすく実現できるようになりました」と知識の有無で生まれる大きな差も思い知った。

同社は「人」に視点を置き、「人づくり」を重視してきた。変化を厭わない空気感を作ることに長年取り組んできた自負がある。京セラ創業者の故・稲盛和夫さんの教えを引用し、人の性質は人工衛星のようだと言う。「打ち上げるときは大きな負荷が掛かるけど、宇宙に行ったら後は勝手に回っている。それが当たり前になると人はみんな慣れるんです」。気がつけば、従業員のほとんどが大気圏を突破していた。

2番ティ付近からの眺め。左奥が2番グリーン、右は1番グリーン(3月)

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ウォーレン氏からは、汚れてもいい靴とノイズキャンセリングイヤホンを持ってくるよう言われていた。ざっとコース全体を確認すると、さっそく一台のブルドーザーをあてがわれた。これで、今まで2つだったホールを1つにつなぐ新しいフェアウェイを作るという。その指示は「段差を削って、なだらかな斜面にすること」「球が一気に下まで落ちないように、所々に平らな場所を残すこと」「排水溝を埋めないように」。それから「Clean and Methodical」。現場を取っ散らかさないように、作業手順を効率的に考えるよう忠告された。

「では、楽しんで!」と言い残し、彼は別の作業に戻っていった。眼前にはブルドーザーと広大な土地。最初はソロソロと動かして、少しずつ大胆になる。これでいいのか?と不安になったが、いちいち確認していられない。「考えて(Think)」「作って(Build)」「眺める(Look)」の繰り返しだとウォーレン氏は言っていた。傾斜はきつ過ぎないか? どう動いたら無駄がないか? 考えることは少なくない。両手は常に操作レバーを握っているが、イヤホンから流れる音楽やポッドキャストがいい気晴らしになる。いつか、このフェアウェイを僕自身がプレーする日が来るのだろうか? 頭の中は楽しい想像であふれていた。

翌日はショベルカーでバンカーを掘った。その手順はこうだ。まず、ティから作るべきバンカーの位置と大きさ(=スケール)を確認して、目印に工事現場のコーンを置いておく。スケールを決めた後は「入り口の段差を低く」「バンカー内は平らにする」といった基本を守れば、あとは個人のセンスで造形する。前夜、同じチームのカナダ人シェイパーが「クリエイティビティが発揮できるから面白い」と言っていたが、早速その意味を理解した。まるで砂場遊びか粘土細工をしているようで、時間を忘れて没頭した。

ここにバンカーを掘っていくんです

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ザ・クラシックGCはバブル期に接待ゴルフ場を意識して作られた側面があり、ナショナルオープンには少し物足りないだろうという懸念があった。「次にまた日本女子オープンをやるならば、もう少し違うコースでやりたいな」。谷水社長がそう思ったのは、2017年に初めて訪れたスコットランドがきっかけだった。「大人のワンダーランドでした。一番印象に残ったのはノースベリック。これありか?っていうような、いろんな仕掛けが施されていた」とゴルフ発祥の原風景に目を丸くした。

コース改修に着手すると、経営的には閉鎖による売り上げダウンと、コスト増がダブルパンチで掛かってくるが、コロナ禍で吹いたゴルフ場への追い風を将来への投資に充てた。目指す方向は明確だった。「やはり原点はスコットランドなので、そこに回帰するのが一番。理屈ではそうですが、ゴルフをプレーし終わったあとの充足度が高かったんです」と直感もそう主張した。

ウォーレン氏には「年間6万人の入場者が楽しんで進行できるコース」とオーダーした。メジャー大会にも対応でき、それでいてアベレージゴルファーも楽しめるよう難易度はピンポジションによって変えていく。1グリーン化は原点回帰の必然だった。グリーン面積は70%、バンカー面積も50%になり、人にも環境にも優しくなる。系列の佐賀クラシックGCは以前から1グリーンで年間通して高品質を保っているので、その点に不安はなかった。一抹の不安を挙げれば、日本人ゴルファーの感覚にフィットするのか?という一点。「でも、時間が解決するんじゃないかなと思うんです」と谷水社長。「100年後や200年後、あのときやって良かったなって思ってもらえたらうれしいですね――」

谷水利行社長とベンジャミン・ウォーレン

2023年6月7日、JGAから2028年の「日本女子オープン」がザ・クラシックGCで開催されることが発表された。原英莉花が優勝した20年大会から一変し、原点回帰した新コースが選手たちを待ち受ける。果たしてどんなドラマが生まれるのか? そして、個人的には僕が造ったバンカーに選手たちがどれだけ苦しむのか? 今からもう5年後が楽しみだ(笑)

<了>

写真・文 今岡涼太

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